さて、一人でアパートと仕事場との往復をしている間は、当然だが、日本語を話すことはない。一週間以上もそんな日々が続くとストレスが溜まっておかしくなってくる。
まず日本語で考えて、英語に置き換えて話すという作業は精神的に疲れるものだ。
英語でのコミュニケーションに慣れてくるとこの置き換える作業が無くなってくるのだが、この時の自分はまだまだそんな段階ではない。時々、メキシコ側の工場やアメリカの各地の営業所に出向している日本人から電話があるとホットしたものだ。
平日のランチは当然一人なので、大抵はハンバーガーかケンタッキーチキンを買ってきて事務所で食べていた。そして、たまに近くの小さなメキシコ系レストランでランチ定食を食べていたが、いわゆるメキシコの家庭料理で、大皿に乗ったメイン料理とスープ、それにトルティージャがついて2ドル10セントだった。
私はこれをtwo-tenランチと呼んでいたが、結構気に入っていたしおいしかった。他にあても無かったので、アメリカ的の画一的なランチに飽きるとよく通ったものだ。中でも好んで”チレ・レジェーノ”という、大きめのチレを揚げてチーズが乗っていた料理が好きだった。
メキシコ工場に出向していた7組の日本人家族（内3人は独身）は工場長以下、皆若かった。彼らは異国の地で、現地の従業員を使いながら工場を維持、運営するのに本当に苦労していた。
メキシコのインフラ事情は芳しくなく、よく停電が起きて電気炉が止まった。製品の性質上、炉が長時間止まれば不良品が出ることになる。昼夜を問わず、毎日が格闘だったと思う。
そんなメキシコの日本人駐在員の奥さんたちが、エルパソ側に一人きりで住んでいる私を気にかけてくれて、時々週末の食事に招待してくれたのには涙が出るほどありがたかった。
私はその時には、真夜中の国境の検問所をほろ酔い気分で車でアメリカ側に帰ってきたのだ。パスポートを見せれば、(酒の匂いはしていても）国境を通過するのに特に問題は無かった。国境の検問所と言っても、当時は高速道路の料金所を通るような感覚だった。
妻と娘がエルパソへ来たのは翌年の夏に差し掛かろうとする頃で、既に暑い盛りに入っていた。長女は私が赴任した時にまだ生まれて10カ月であったが、半年間会わなかったせいで私のことをすっかり忘れていた。
エアーポートで出迎えた時、妻の後ろに隠れて私に寄り付こうとしなかったのには落ち込んだものだ。やっとなついてくれるようになるのに3カ月以上もかかった。
そして、多分この街には東洋人の小さい子供が珍しかったのだろう。休日に街のショッピングセンターを家族で歩いていると、たびたび出会う人が立ち止まり、娘に声をかけてくれた。よちよち歩きの娘は人気者で、ここでもアメリカという国の包容力を感じたものだ。
ある時、その中の小さなマーケットに差し掛かった時、入り口のドアのところで、向こう側の中から初老のおばあさんが呼んでいる。何かと思って近づいていくと、おばあさんはジェスチャーでドアの外に立てと言う。ドアの前に行くと、私の重みでドアが開いた。待ってましたとばかりにそのおばさんは入り口から出てきて、笑いながら一言お礼を言って去っていった。そのドアは入り口専用で、中からでは開かなかったのである。
当時は異国の地で、自分自身外国人だということをかなり意識していた私だが、その時アメリカ人は他人種をおおらかに受け入れる人柄なんだと思ったものである。実際、彼ら自身が、皆、2~3代もさかのぼれば、どこかほかの国からきているというアメリカの現実がある。何せ建国200年(当時）という若い国なのだ。
家族が来てからは日本食、と言ってもごはんとみそ汁のある食事が日常的に食べられるようになった。味噌やしょう油は日本から送ってもらっていたが、米はカリフォルニア米が本当においしかった。(安い日本の米よりよっぽどおいしかった）
スーパーには、魚は殆ど無かったが、当時、日本では高級だった牛肉が、豚肉や鶏肉よりも安かった。
ところで、アパートの敷地内にはバーベキューが出来るグリルが何か所かあった。
そして、初めてプール脇でバーベキューをやった時のことだが、何故か周りに人々が皆が集まってきて、我々が焼く肉の匂いを気にしている様子であった。そして、しばらくすると管理人のおばさんが寄ってきて、グリルの中を見せろと言う。
私は何も考えずに、ただグリルのふたを開けて、中身を見せたのだが、この時、管理人のおばさんや集まってきた人々に、この肉を一口食べさせてあげなかったことをあとで悔やんだ。しょう油の焦げるおいしそうな匂いが、アメリカ人にはとても珍しかったのだと、ずっとあとになって理解したものだ。
当時、エルパソで唯一のＳＣの今。（今では他にも何件かある模様）
